エマは眉を少しだけ上げ、ポカンとした表情を浮かべて私を見ていた。
彼女のそんな表情に、私も頭を傾けた。
なんとも掴みようのない空気が、私たち二人の間に流れていた。
エマの隣で、ずっと静かにグラスを磨き続けているケイは、その空気感を楽しんでいるようにも見えたが、彼の口からは、何の言葉も出てこなかった。
そして、エマはずっとポカンとした表情のままだった。
投げたボールが返ってこない、意味のない空白は、なんとも居心地が悪くて仕方がないものだろう?
だから、私は小さく咳ばらいをして、自分から話し始めることにしたのさ。
「こんな奴隷のような毎日を繰り返していれば、陽気な酒なんて飲めないさ。そうは思わない? なあ、エマ」
彼女の目をしっかり見ながら、私は彼女に問いかけた。
彼女の口から出てくるであろう言葉の数々を、私は期待して待っていたんだ。
でも、彼女の口は、その期待とは全く違う言葉の動きをし始めた。
「分からないわ。なぜ、あなたが陽気なお酒を飲めないのか。なぜ、あなたが笑わないのか」
エマは頭がおかしくなったのか? それとも、彼女はもともと馬鹿だったのか?
そう思い驚きながら、私はケイの顔を見たんだ。
彼は、静かに笑っていたな。
「なあ、エマ。私の話をちゃんと聞いていたのか? 分かった。前に話したことがあるかもしれないが、最初から、ちゃんと説明していくよ。いいかい? いま私が働いているあの会社は、経済的に瀕死状態なんだ。半年後の資金繰りすらお手上げな状態さ。この危機的状況を乗り越えるには、銀行からの融資を受けるしか手はないんだ。いま現在でも溺れるほどの融資を受けていて、案の定、それらの金利支払いに喘いでる状態なのに、それでも借りなければ乗り越えられないんだ。でも、あの独裁者自らが、他人に頭を下げることなんてあり得ない」
カクテルで口の渇きを潤しながら、私は話を続けていった。
「そして、会社にいるのは一般社員が私を含めて2人だけ。あの小さな小さな独裁国家の全権力は、あの独裁経営者が握っているんだ。一般社員にはどうすることも出来やしない。私がそこでやれる事といえば、他人を蔑み、他人に毒づき、自分の権力を見せつけてやったという武勇伝に対して拍手喝采を送ることだけ。でも、それをしていたって恫喝と迫害が待っている。追加で融資を受けなければ金がないという状況と、そこから出てくる不安感と憤りを、社員である私たちに思い切りぶつけてくるんだ」
エマに話しているだけで、私の中には怒りがどんどん込み上げて、次第に呼吸まで荒くなっていく。
「ええ、そうね。その話は、少し前にあなたから聞いたわ。でも……」
エマは手に持っていてたカクテルを一気に飲み干すと、空のグラスをケイに渡してカウンターに頬杖を突き、そして私の顔を覗き込んでこう言った。
「ねえ、気づかない?」
至近距離で動いた彼女の唇は、ブラッディーメアリーと同じ色をしていた。
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